産婦人科女医の独り言

つぶクリ院長のつぶやきです。ためになる保証はありません。

またたび。

今日は 久しぶりに、医療(産科)ネタです

突然ですがみなさま、 「マタ旅」 という言葉をきいたことはありますか?


「マタニティ+旅」の造語(旅行業界またはマスコミによる?)です。正式な用語ではありません。

お察しの通り、 妊娠中の旅行 のことです。


旅行シーズンなので、今日は妊娠中の旅行(マタ旅。)の話をしたいと思います。
(もうちょっと早くすればよかった・・・orz.)


妊婦健診の最後に「質問はありますか?」と聞くと、ときどき

『旅行に行っていいですか?』

と問われることがあります。

医師によっても多少違いますが、
「う〜〜ん やめた方がいいよ。。。」みたいなことを、歯切れ悪く言われることが多いと思います。

正直、「妊娠中にどれだけ動いていいか/悪いか」ということをきちんと示したデータはありません。

ただ、最近以下のような新聞記事を読みました。

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沖縄県の、周産期母子医療センターの実際のデータです。

2004- 2013(10年間)に、県外から沖縄に旅行中の妊婦288人を、その周産期母子医療センターで診察しました。

そのうち 74人が入院しました。

実に26%にのぼります。(これは、かなり多い数字です)

そのうち11人が同病院で出産。
11人中3人が死産。
7人が早産。
通常の時期の出産(正期産)は、たった 1人 でした。

病院へ向かう途中・タクシー車内での出産もあったそうです。

そして、
早産の赤ちゃん全員がNICU(新生児集中治療室)に入院し、

入院期間は、23- 151日でした。


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・・・お分かりになりましたか? 妊娠中の旅行がどれだけ危険を伴うか。

楽しいはずの旅行先で、突然入院になる。

赤ちゃんが無事に退院した例も多いが、そのためには最大5か月(!)入院が必要であった。

「旅行」だけの影響で、これだけ重篤(と言っていいと思います)な結果になっているとは思いませんが、
これが現実です。

入院なんかしたら、
旅行の楽しみの何倍も何倍も、
後悔するはずです。

お金も相当かかります。

親戚からも責められるでしょう。

そして何より、

自責の念にかられることでしょう。


それと、これは医療者の視点ですが、周産期医療の厳しい現実があります。

日本の周産期医療は、瀕死の状態です(ほんとに。)

まず
人手(医師・看護師ともに)が不足している。

NICUのベットが不足している。

なのに、

妊婦の高齢化(など)により、
ハイリスク妊娠≒NICUに入院

する赤ちゃんは増えている。

こういう状態なので、NICUのベットは、奪い合いです。正直。
その 限りがあるNICUに、「よそ者」であるマタ旅赤ちゃんが、突然入ってくる。

・・・・想像してみてください。
あなたが、妊婦だったとして・・・・・・・・・・
陣痛がきて、○○市民病院産婦人科 を受診したとしましょう。
(あなたは、かかりつけです。いつも、○○市民病院産婦人科で妊婦健診を受けています。)
あなたが、外来で順番を待っていると、
救急車で妊婦がやってきました。
リゾート風な恰好です。旅行者のようです。

なんだか大変な状況のようで、医師がたくさん集まってきました。
あなたは待たされます。
旅行者妊婦は、医師たちに囲まれて、入院棟方面へ去って行きました。
あなたは待たされます。 医師が、みんな旅行者妊婦に付いて行ってしまったのですから。
 
待たされているうちに、陣痛が強くなってきました。
看護師さんに申し出て、ベットに休ませてもらいました。

まだ待たされます。だって医師が・・・。

どれくらい時間が経ったでしょうか。
やっと入院させてもらえることになりました。

陣痛室に案内されました。
助産師さんが、胎児心拍モニターを着けてくれます。
・・・あれっ?
赤ちゃんの心音が、ゆっくりしてるみたい・・・
助産師さんが、あわててお医者さんを呼んできました。(どうやら、さっきの旅行者妊婦の出産が終わったようです。)

お医者さんが、内診をして、こう言いました。
「赤ちゃんが、危険な状態です。すぐに帝王切開をしましょう」
そして、こうも言いました。
「赤ちゃんは、NICUに入院が必要です。しかし、現在NICUはいっぱいです。
赤ちゃんだけNICUのある、違う病院に転院してもらいます」。

なぜ〜 ナゼぇ〜〜!?
 (ToT)/~~~

もしかして、さっきの旅行者の赤ちゃんが、最後のベッドに入院したからじゃないのぉ〜〜〜!!!?

        ・
        ・
        ・
こんなことが起こりうるわけです。
・・・納得できませんよね?

実際に、上記のような極端な例には、私は遭遇したことはありませんが、
可能性は十分あると思います。

以上が、私が「マタ旅」をお勧めしない理由です。
残念ながら、これが「周産期死亡がトップレベルに低い」我が国の実情です

妊婦の高齢化で、昔よりもハイリスク・脆弱な妊婦が増えています。
その一方で交通機関の発達により、「あっという間にかなり遠くまで」出かけることが可能になってしまいました。

前述したようなギリギリの周産期医療が背景にある限り、妊婦さんにもそれ相応の行動(旅行の自制;我慢と言ってもいいでしょう)を求めることが、悪いことだとは私には思えませんが、いかがでしょう。


<コバ院長からのメッセージ>

註;外来が暇な時に、簡単に作れるものに限ります。着物とか、お裁縫が必要なものは、無理。

そうそう。暑いからって、超ミニ穿いて夜道を歩いたりなんかしたら、いかんよ。
日ごろから、犯罪に巻き込まれないような注意は自分でしようね!!