産婦人科女医の独り言

つぶクリ院長のつぶやきです。ためになる保証はありません。

Labor

Laborとは・・・

1. 仕事、労働、骨折り、苦心
2. 労働者
3. 分娩、陣痛

・・・の意味があります。

そうです。

分娩は、 「骨の折れる仕事」なのです。

最近、ニュースになったこの話題→http://www.yomiuri.co.jp/national/20170613-OYT1T50013.html

「同一施設による無痛分娩で、脳に重い障害を負った医療事故が複数例発覚」というものです。

そもそも、「無痛分娩」とは。
上記のような「骨の折れる仕事」≒「陣痛の痛み」を、少しでも軽くして行う分娩の総称です。

いくつか種類がありますが、現在本邦で行われている主な方法は、

『硬膜外麻酔』 です。

脊髄を守っている「硬膜」という膜の外の空間(硬膜外腔といいます)にチューブを留置し、そのチューブから鎮痛剤を投与して、陣痛の痛みを緩和させるという方法です。(あくまで緩和ね。「無痛」にするのはほぼ無理です)
今回、ニュースになった事例も、硬膜外麻酔による無痛分娩を行っていたようです。

硬膜外麻酔は、臍から下の痛みをとる麻酔方法ですので、無痛分娩のみならず、開腹術後の痛み止めなどにも、広く行われております。(開胸や下肢手術にも用いられることもあり)

『陣痛の痛みが緩和されるなんて、スバラシイ!』と、思われるかもしれませんが、
医療行為には、必ず「副作用・の可能性」がつきものです(頻度は低いけれども、医療行為によって引き起こされるデメリットのことね)

硬膜外麻酔で起こりうる副作用/合併症としては、主に以下のようなことがあります。
1. 血圧低下(血圧計をつけて持続的にモニターしていれば、昇圧剤で対応可能)
2. 硬膜外血腫(硬膜の外に、血の塊を形成すること。神経を圧迫してしまい神経症状が出る)
3. 硬膜外膿瘍(硬膜に感染を起こし、膿が溜まること。いろいろ大変。)
4. 硬膜穿刺(硬膜を刺し貫くこと・・・これは一定の確率で起こります。脊髄に直接麻酔薬が到達するので、全身麻酔=呼吸停止となってしまいます。)

さらに、硬膜外麻酔による無痛分娩に特有の副作用として、
a. 陣痛の痛みが軽くなる=分娩進行がゆっくりになり、分娩誘発剤を使わなければいけなくなる(全例ではない)
b. 陣痛の痛みが軽くなる→怒責(いきむ力のこと)が弱くなり、急遂分娩(吸引分娩や監視分娩など)が必要になる(全例ではない)

・・・などがあります。
今回報道された医療事故は、上記4.起こし、呼吸停止となりそのまま低酸素血症。となったようです。
それ以上の詳細を知らないため、どこに問題があったのか断定はできませんが、私がこれまでに聞いた情報で問題と感じたのは以下の二点です。

I,  上記4を起こして、全身麻酔となってしまったのに、全身管理(特に呼吸の管理)をしなかったため、低酸素血症となってしまったこと
II, この施設が、医療事故を起こした後も有効な対策をとらず、第二・第三の事故を起こしたこと。

です。
どんな医療行為でも、一定の割合で副作用・合併症は起こり得ます。大事なのは、それをリカバーできる体制を整えたり、スキルを身につけることだと思います。
 今回の一連の報道において、『麻酔科専門医がいないのに硬膜外麻酔を施行した』『産科医が一人しかいない施設でお産を取り扱うなんて危険極まりない』などという意見を散見しますが、それらはちょっとお門違いなんじゃないかなぁ。と思います。

日本の年間出生数は1,005,677人で(2015年のデータ)、妊産婦死亡率は10万出産あたり5人程度です。これは世界的にみてかなり低い数です。
日本の出産の大多数(割合、調べたけどわかりませんでした)が、小規模診療所で行われていることと合わせて考えると、『産科医が一人しかいない施設でお産を取り扱うなんて危険』というのは、真実とは違うのではないかと私は思います。

妊娠はめでたいものであり、病気ではありません。しかし、いついかなるときも、医療行為が必要となる状態となりうる・恐いものでもあります。
無痛分娩でも自然分娩でも、帝王切開でもなんでも、「お母さんと赤ちゃんが元気に退院」してくれること。これだけを目標にわれわれは産科にたずさわっています。(最近、分娩からは遠ざかっていますが・・・)


おまけ 〜文章よりも写真が好きなあなたへ〜